肘は1本の上腕骨と2本の前腕骨の橈骨(とうこつ:親指側の骨)と尺骨(しゃっこつ:小指側のほね)が靭帯(内側側副靭帯、外側側副靭帯)でつながって関節をつくっている複雑な関節です。投球動作時にはこの肘関節にさまざまな力(ストレス)がかかりますが、投球障害で最も重要な力は外反力(がいはんりょく)と伸展力(しんてんりょく:伸ばす力)です。外反力というのは肘の内側(小指側)が引っ張られ、外側(親指側)が圧迫される力のことです。
投球動作については野球肩(投球肩障害)の前項ですでに述べられたように、おおよそ5つの期に分類されます。この中で肘に最もストレスのかかるのは4番目のアクセラレーション期:加速期と5番目のフォロースルー期:減速期です。
肘が前に出ながら徐々に肘を伸ばすことでボールを加速するアクセラレーション期には、 肘にきわめて強い外反力が働きます。肘の構造の中で、これらの力に対して肘を支えるものが、内側(尺側)側副靭帯(ないそくそくふくじんたい)と上腕骨小頭【じょうわんこつしょうとう:上腕骨の肘の先端部(親指側)】および橈骨頭【とうこっとう:前腕の橈骨(親指側)の肘の先端部】です。繰り返す投球により肘内側の内側(尺側)側副靭帯は引っ張られ、上腕骨小頭と橈骨頭は圧迫されるのです。したがって、内側は靭帯が付着している骨(上腕骨内側上顆:じょうわんこつないそくじょうか)が靭帯に引っ張られ(牽引ストレス)おこる上腕骨内側上顆骨軟骨障害(じょうわんこつないそくじょうか こつなんこつしょうがい)や内側の靭帯そのものが引っ張りの力により断裂する肘内側側副靭帯損傷(ひじないそくそくふくじんたいそんしょう)の危険性があります。また、外側の上腕骨小頭は圧迫による骨軟骨損傷の上腕骨小頭離断性骨軟骨炎(じょうわんこつしょうとう りだんせいこつなんこつえん)の危険性が1球ごとに増えるわけです。
さらに、ボールをリリースした直後からフォロースルー期に入りますが、このとき肘には強い伸展力がかかります。うまく肘の屈曲力(くっきょくりょく:曲げる力でおもに上腕二頭筋などの力)を使って、フォロースルーのときに肘がたたみ込めればよいのですが、それができないときには肘頭(ちゅとう:肘の骨の後方の部分)が上腕骨にぶつかることになります。このストレスにより肘の後側の痛みが生じ、それが繰り返されると骨がぶつかる部分に、骨棘(こつきょく:骨のとげ)ができてきます。
こうして生じた障害を抱えたまま投球を続け肘を酷使すると、将来変形性肘関節症に進行することがあり、肘全体の痛み、強い可動域制限のため、野球のみならず日常生活にも支障をきたすことになります。
このような野球肘の障害の流れは決して逆戻りできません。この流れに乗らないように 気をつけること(予防)、また運悪く流れに乗ってしまった場合には少しでも早い段階でその流れを断ち切ること(早期発見・早期治療)が重要になります。
①成長期 (小学生から中学生)
上腕骨内側上顆骨軟骨障害(じょうわんこつないそくじょうか こつなんこつしょうが
い)
⇒11歳、12歳未満に多く起こります。
上腕骨小頭離断性骨軟骨炎(じょうわんこつしょうとう りだんせいこつなんこつえん)
⇒11歳、12歳が発症のピークになり、症状が出現するのは14歳前後になります。
②成人期 (高校生以降)
肘内側側副靭帯損傷(ひじないそくそくふくじんたいそんしょう)
⇒15~17歳以降に多く起こります。
症状の部位により内側型、外側型、後方型にわけられます。
①上腕骨内側上顆骨軟骨障害
②上腕骨内側上顆剥離(はくり)骨折
遠投などの1回の強い外力で発生することがあります。
③肘内側側副靭帯損傷
④上腕骨内側上顆炎(じょうわんこつないそくじょうかえん)
前腕の屈筋群(くっきん:手首や手指を曲げる筋肉)と回内筋群(かいないきん:手首
や手指を内にひねる筋肉)の繰り返し張力によって起こります。
⑤肘部管症候群(ちゅうぶかん しょうこうぐん)
尺骨神経(しゃっこつしんけい)に張力が働き、尺骨神経の症状が出現します。
①上腕骨小頭離断性骨軟骨炎
ボ-ルのリリースからフォロースルー期にかけて、肘に強い伸展力がかかるために起こります。
①上腕三頭筋腱炎(じょうわんさんときんえん:上腕部の後方にあり肘を伸ばす筋肉の炎症)
②肘頭(ちゅとう:肘の骨の後方の部分)の骨端線離開(こったんせんりかい:骨の成長部分の軟骨と骨が開くこと)や肘頭の疲労骨折
③肘頭周囲の骨棘(こつきょく:骨のとげ)形成。
上腕骨内側上顆骨軟骨障害、肘内側側副靭帯損傷、上腕骨小頭離断性骨軟骨炎はレントゲン撮影検査や超音波診断装置(エコ一)検査で診断がつきます。
上腕骨小頭離断性骨軟骨炎はレントゲン写真から透亮期(とうりょうき:初期)、分離期(ぶんりき:進行期)、遊離期(ゆうりき:終末期)に分類されます。
①上腕骨内側上顆骨軟骨障害(じょうわんこつないそくじょうか こつなんこつしょうがい)
痛みのある期間のみ投球動作を中止します。バッティングや捕球練習は痛みがなければ可能です。約2~3週間で痛みが消失します。その後、軽いキャッチボールから練習を開始し、約2週間後にチ-ム練習の復帰が可能となります。
最初の診察で痛みや腫れが非常に強い場合はギプスなどの固定を行うことがあります。剥離骨折型はギプス固定を行うことがあります。
②上腕骨小頭離断性骨軟骨炎(じょうわんこつしょうとう りだんせいこつなんこつえん)
透亮期(初期)の場合、投球の中止などの保存加療で、9割以上が、病巣の骨軟骨が修復され治癒すると言われています。
分離期(進行期)でも、投球の中止などの保存加療で、約半数は、病巣の骨軟骨が修復され治癒すると言われています。
ただし上腕骨小頭離断性骨軟骨炎の透亮期(初期)、分離期(進行期)での投球中止期間は、少なくとも約3ヶ月以上で、多くの場合は約6ヶ月から1年となります。
透亮期や分離期で、保存的治療で治癒傾向がなければ、手術を行います。
遊離期(終末期)に至れば、保存療法での治癒は期待され難く、多くは手術の適応となります。
①上腕骨内側上顆の剥離骨折型は手術を要することがあります。
②肘内側側副靭帯の断裂に対しては、靭帯再建術を行うことがあります。